和歌山県の南の端っこ串本町に入ってほどなくすると

橋杭岩に到着。
大小約40の岩が連続してそそり立って、不思議な風景だ。

力を振り絞ってのジャンプ!!
もう今日は跳べない(-_-;)

セルフで写真撮るとは疲れるとです。
奇岩を後にし、くしもと大橋を渡りまして紀伊大島へ。
樫野崎灯台へと向かいます。

トルコ軍艦遭難記念碑。
エルトゥールル号遭難事件を知ってますか?
1890年(明治23年)9月16日、エルトゥール号が、帰路、暴風雨に遭い、和歌山県
串本町沖合で岩礁に衝突し沈没するという事故が起きた。
この事故で、特使を含む518名は死亡したが、死を免れた69名は、地元民の手厚い
救護により、一命を取り留めた。この時村人たちは、台風により漁ができなく、
自分たちの食べるものさえ無くなってしまうという状況にあったにもかかわらず、
非常用のニワトリすら供出するなどトルコ人に食べさせ介護したのだった。
また、遭難者の遺体を引き上げ、丁重に葬った。
時代は流れ、イラン・イラク戦争が始まった、1985年3月17日、イラクの
サダム・フセインが
「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機を打ち落とす」
という無差別攻撃宣言を世界に発信した。イランに住んでいた日本人は、
慌ててテヘラン空港に向かったが、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。
世界各国は自国民の救出をすために救援機を出したが、自衛隊の海外派遣不可
の原則のために自衛隊機による救援を受けられなかったうえ、日本航空の組合の
反対により日本航空機による救援もできないために危機的状況にあった。
空港にいた日本人は、パニックに陥った。
そこに1機のトルコ航空の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機は日本人216名
全員を乗せて、成田に向かって飛び立った。タイムリミットの、1時間15分前であった。
なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。この時、
元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。
「エルトゥール号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、
今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。
トルコでは子どもたちでさえエルトゥール号の事を知っています。今の日本人が知らない
だけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」
(参照:日本・トルコ友好秘話)
良い国だぜ、トルコ(≧∇≦)
いつか行かなきゃ!!

樫野崎灯台。

海は広いなぁ。

大きいなぁ。
灯台からの眺めサイコー。
ただ残念だっがのが、カップルが1組いたこと。。。
彼らの目にはどう映ったんだろうか・・・・1人で写真を撮ってるオラが。
・・・。
まぁ、いいさ。
今日の目的地の本州最南端、潮岬へ。
とりあえず最南端の碑で写真を撮る。

まずは、NGから。
思った以上に疲れてて、10秒のタイマーの間に上れなかった(>_<)

こちらが、OKショット(≧∇≦)

もう1つおまけ。
潮岬はあたりが芝生となっておりまして
無料のキャンプ場なのです。
今日はココでテントを張って、本州の南の端っこで寝ます。
テントを張って、寝る準備。
終わったら、風呂に入りに串本の町に戻ります。

ちょうど日が沈む頃だったので、ぼんやり眺める。

夕日がキレイだ。

いいねぇ。

海に沈む夕日は、何度見ても飽きません。
沈みきるまで、ゆっくり眺め。
サンゴの湯で、汗を流す。
あぁ、気持ち良過ぎる。
そしてテントに戻って、就寝。
おやすみなさい。
つづく

橋杭岩に到着。
大小約40の岩が連続してそそり立って、不思議な風景だ。

力を振り絞ってのジャンプ!!
もう今日は跳べない(-_-;)

セルフで写真撮るとは疲れるとです。
奇岩を後にし、くしもと大橋を渡りまして紀伊大島へ。
樫野崎灯台へと向かいます。

トルコ軍艦遭難記念碑。
エルトゥールル号遭難事件を知ってますか?
1890年(明治23年)9月16日、エルトゥール号が、帰路、暴風雨に遭い、和歌山県
串本町沖合で岩礁に衝突し沈没するという事故が起きた。
この事故で、特使を含む518名は死亡したが、死を免れた69名は、地元民の手厚い
救護により、一命を取り留めた。この時村人たちは、台風により漁ができなく、
自分たちの食べるものさえ無くなってしまうという状況にあったにもかかわらず、
非常用のニワトリすら供出するなどトルコ人に食べさせ介護したのだった。
また、遭難者の遺体を引き上げ、丁重に葬った。
時代は流れ、イラン・イラク戦争が始まった、1985年3月17日、イラクの
サダム・フセインが
「今から40時間後に、イラクの上空を飛ぶ飛行機を打ち落とす」
という無差別攻撃宣言を世界に発信した。イランに住んでいた日本人は、
慌ててテヘラン空港に向かったが、どの飛行機も満席で乗ることができなかった。
世界各国は自国民の救出をすために救援機を出したが、自衛隊の海外派遣不可
の原則のために自衛隊機による救援を受けられなかったうえ、日本航空の組合の
反対により日本航空機による救援もできないために危機的状況にあった。
空港にいた日本人は、パニックに陥った。
そこに1機のトルコ航空の飛行機が到着した。トルコ航空の飛行機は日本人216名
全員を乗せて、成田に向かって飛び立った。タイムリミットの、1時間15分前であった。
なぜ、トルコ航空機が来てくれたのか、日本政府もマスコミも知らなかった。この時、
元駐日トルコ大使のネジアティ・ウトカン氏は次のように語られた。
「エルトゥール号の事故に際して、日本人がなしてくださった献身的な救助活動を、
今もトルコの人たちは忘れていません。私も小学生の頃、歴史教科書で学びました。
トルコでは子どもたちでさえエルトゥール号の事を知っています。今の日本人が知らない
だけです。それで、テヘランで困っている日本人を助けようと、トルコ航空機が飛んだのです」
(参照:日本・トルコ友好秘話)
良い国だぜ、トルコ(≧∇≦)
いつか行かなきゃ!!

樫野崎灯台。

海は広いなぁ。

大きいなぁ。
灯台からの眺めサイコー。
ただ残念だっがのが、カップルが1組いたこと。。。
彼らの目にはどう映ったんだろうか・・・・1人で写真を撮ってるオラが。
・・・。
まぁ、いいさ。
今日の目的地の本州最南端、潮岬へ。
とりあえず最南端の碑で写真を撮る。

まずは、NGから。
思った以上に疲れてて、10秒のタイマーの間に上れなかった(>_<)

こちらが、OKショット(≧∇≦)

もう1つおまけ。
潮岬はあたりが芝生となっておりまして
無料のキャンプ場なのです。
今日はココでテントを張って、本州の南の端っこで寝ます。
テントを張って、寝る準備。
終わったら、風呂に入りに串本の町に戻ります。

ちょうど日が沈む頃だったので、ぼんやり眺める。

夕日がキレイだ。

いいねぇ。

海に沈む夕日は、何度見ても飽きません。
沈みきるまで、ゆっくり眺め。
サンゴの湯で、汗を流す。
あぁ、気持ち良過ぎる。
そしてテントに戻って、就寝。
おやすみなさい。
つづく
